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京都地方裁判所 昭和29年(ワ)691号 判決

原告 株式会社三井銀行

被告 吹田八郎

主文

被告は原告に対し、金二百六十二万四千二百七十九円及び右金員の内金十万円に対しては昭和二十八年十月一日以降、金十万円に対しては、同年十月二十一日以降、金十万円に対しては同年十一月二十一日以降、金七千二十九円に対しては同年十月二十二日以降、金十万円に対しては同年十月十六日以降、金十万三千円に対しては同年十一月八日以降、金十四万五千円に対しては同年十一月二十一日以降、金十五万円に対しては同年十一月二十一日以降、金二十万円に対しては同年十月二十一日以降、金六十六万千二百五十円に対しては同年十月六日以降、金五十万円に対しては同年十月二十一日以降、金五万八千円に対しては同年十月二十一日以降、金二十万円に対しては同年十二月一日以降、金二十万円に対しては同年十二月八日以降各完済に至るまでの年六分の割合による金員並びに金二十七円を支払え。

原告の其の余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

此の判決は原告勝訴の部分に限り原告において被告に対し金八十万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、被告は原告に対し金二百六十二万四千二百七十九円及び内金十万円に対する昭和二十八年十月一日以降、金十万円同年十月二十一日以降、金十万円に対する同年十一月二十一日以降、金七千二十九円に対する同年十月二十二日以降、金十万円に対する同年十月十六日以降、金十万三千円に対する同年十一月八日以降、金十四万五千円に対する同年十一月二十一日以降、金十五万円に対する同年十一月二十一日以降、金二十万円に対する同年十月二十一日以降、金六十六万千二百五十円に対する同年十月六日以降、金五十万円に対する同年十月二十一日以降、金五万八千円に対する同年十月二十一日以降、金二十万円に対する同年十二月一日以降、金二十万円に対する同年十二月八日以降各完済に至るまで百円につき日歩二銭五厘の割合による金員並びに金四十一円を支払え。訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、被告は相当以前より原告銀行(昭和二十八年十二月三十一日までの商号株式会社帝国銀行)京都支店と預金取引があり、その優良取引先の一人であつたところ、昭和二十八年二月二十六日訴外株式会社華扇堂(以下単に訴外華扇堂と略称する)が原告と取引を開始するにあたり原告に対し訴外華扇堂の原告に対する現在及び将来の一切の債務について連帯保証債務を負担することを約した。そこで原告は爾来訴外華扇堂の依頼により割引利息及び手形の支払が拒絶せられた場合の遅延損害金を、いずれも百円につき日歩二銭五厘の割合との約旨で手形の割引をしてきたのであるが、其の間訴外華扇堂は別紙〈省略〉記載第一の約束手形及び同第二の為替手形をいずれも支払拒絶証書作成の義務を免除して原告に裏書譲渡し、原告はこれが割引をなした。そして右為替手形については、いずれもその支払人において、それぞれその振出日に手形の引受をしている。原告は右手形のうち第二の(カ)の為替手形は満期の翌日に、其の余の手形はいずれも各満期に支払のためそれぞれその支払場所に呈示したが、いずれも支払を拒絶せられた。その後右第一の(ニ)の約束手形については、昭和二十八年十月二十一日手形金額金一万五千円のうち金七千九百七十一円の入金があり、残額金七千二十九円となつた。従つて原告はなお訴外華扇堂に対し、合計金二百六十二万四千二百七十九円の手形債権を有するものである。よつて原告は連帯保証人たる被告に対し、右金二百六十二万四千二百七十九円及び前記第一の(ニ)の約束手形については残額金七千二十九円に対する前記一部入金のあつた日の翌日以降、その余の手形については各手形金額に対する各呈示の日の翌日以降いずれも完済に至るまで百円につき日歩二銭五厘の遅延損害金並びに右第一の(ニ)の約束手形金額金一万五千円に対する呈示の日の翌日たる昭和二十八年十月十一日以降前記一部入金のあつた同月二十一日までの右と同一の割合による遅延損害金四十一円の支払を求めるため本訴に及んだと述べ、被告主張の事実中訴外華扇堂の最初の代表取締役が訴外八木始之介であつたこと、同訴外人が被告の妻の兄であること、及び被告主張の日時頃原告会社京都支店貸付係長であつた訴外大島三郎が訴外八木始之介から同訴外人に交付してあつた保証証書用紙に被告の印章を押捺した被告名義の保証証書の交付を受けたことは認めるが、その余の事実は否認すると述べた。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、原告主張の事実中被告が相当以前より原告銀行京都支店と預金取引があり、その優良取引先の一人であつたことは認めるが、被告が原告主張の日時に原告に対し原告主張のような連帯保証債務を負担することを約したことは否認し、その余の事実は知らない。もつとも被告の妻の兄であり、訴外華扇堂の最初の代表取締役であつた訴外八木始之介が昭和二十八年二月二十五、六日頃原告会社京都支店にて金百万円の単名手形の割引を受けるために、被告の印鑑を冒用して、同訴外人が原告会社京都支店貸付係長であつた訴外大島三郎より交付せられていた保証証書用紙に押捺して被告名義の保証証書を偽造して之を右訴外大島に真正に成立したものの如く装うて交付したことはある。仮に被告が原告主張のような連帯保証債務を負担することを約したとしても、その保証金額及び期間の定めがないことは保証が誠実なものでないことを意味し、本来無効なものであり、かかる保証債務の履行を求めるのは権利の濫用であると述べた。〈立証省略〉

理由

そこで先づ、被告が原告に対し、訴外華扇堂の原告に対する現在及び将来の一切の債務について、連帯保証債務を負担することを約したかどうかについて考えてみる。

訴外華扇堂の最初の代表取締役が訴外八木始之介であつたこと同訴外人が被告の妻の兄であること、及び、被告が相当以前より原告銀行京都支店と預金取引があり、優良取引先の一人であつたことは当事者間に争いがない。

証人大島三郎、同布目清満、同門野英一の各証言によれば、被告は昭和二十八年一月頃原告会社京都支店に赴き、支店長であつた訴外門野英一に対し、「昭和二十七年度は吹田商店の扇子部門を他人に任していたので、代金のこげつきがあつたが、昭和二十八年度は自分の監督下に事業をしたいと思つている。そして扇子部門を独立させて製造からやることにして、株式会社華扇堂を設立し、社長には八木始之介を置くから、今後華扇堂の融資等で八木が厄介をかけるけれども、私同様に思つて援助していただきたい。融資については自分が保証人になるからよろしく頼む」旨を述べて、訴外華扇堂の事業計画を説明して援助を申し出たところ訴外門野は被告に対し、訴外華扇堂に対する融資を諒承したこと及び、その際保証の期限及び金額については何等取決めをしなかつたことが認められ、右認定に反する。

被告本人訊問の結果は右各証言、後段認定の事実関係及び弁論の全趣旨に照し信用することができず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

而して甲第三、第四号証はその各吹田八郎名下の印が真正であることにつき、当事者間に争いがないから、反証のない限りいずれも真正に成立したものと推定せられる。

もつとも被告は保証の事実を否認し、証人八木始之介、同田村辰雄、同高橋和男の各証言並びに被告本人訊問の結果及び右各証言並びに訊問の結果により真正に成立したものと認める乙第一号証には、甲第三、第四号証は、訴外八木が訴外華扇堂のために、原告会社から金百万円の単名手形の割引を受けるに際し、昭和二十八年二月二十六日頃訴外京都信用金庫から被告方に入金出金振替伝票に被告の印を貰いに来た際、訴外八木が被告より捺印を依頼され、その印を託された機会を利用して、之を冒用して偽造したものである旨の供述乃至記載があり、また証人西村暉生の証言及び同証言により真正に成立したものと認める乙第四号証の一、二、同第五号証によれば、昭和二十八年二月二十一日の数日後に、訴外京都信用金庫から訴外西村暉生が、被告方に入金出金振替伝票(乙第四号証の一、二)に被告の印を貰いに来たことが認められまた検証の結果によれば乙第四号証の二の吹田ちか名下の印影と甲第三、第四号証の各吹田八郎名下の印影とが同一であることが認められる。しかし乍ら、訴外華扇堂の最初の代表取締役訴外八木始之介が被告の妻の兄であることは既に認定したところであり証人八木始之介の証言により、真正に成立したものと認める甲第一、第二号証、成立に争のない甲第十九号証の二、同第二十号証の二、同第二十一号証の一、二、乙第二、第三、第六号証、同第十二号証の一、二、並びに、証人大島三郎、同亀谷正気、同布目清満、同門野英一、同荻須繁雄、同伊地知定夫の各証言、証人八木始之介、同松田浅夫、同奥田喜蔵、同杉村泰男の各証言の各一部並びに被告本人訊問の結果の一部及び弁論の全趣旨を綜合すれば、訴外松田浅夫が経営していた松田華扇堂は昭和二十七年七、八月頃分散し、当時より訴外松田は被告に爾後の措置について相談していたところ、訴外華扇堂を設立することになり、訴外八木始之介を代表取締役として、昭和二十八年一月十九日訴外華扇堂が設立されたこと、訴外八木は被告の経営する吹田商店の使用人であり訴外華扇堂設立後も、殆んど毎日、吹田商店に出入りして、その仕事を行つていたこと、訴外華扇堂は、被告及びその近親関係が発行済株式総数のうち約半数の株主となつていたこと、訴外華扇堂の会社印、社長印等重要な印判は、被告が保管し、押捺していたこと、被告は訴外華扇堂に対し支配的地位にあつたこと、被告が経営する吹田商店は婦人装身具、扇子等の卸売をしていること訴外華扇堂は扇子の製造及び卸売を目的とし、金千五、六百万円の水揚がある計画であつたこと、被告は、既に認定した如く、昭和二十八年一月頃原告会社京都支店長門野英一に対し、訴外華扇堂に対する原告会社の援助を申出で、保証人になる旨を述べたこと、その後同年二月二十日頃訴外八木が原告会社京都支店に金百万円の単名手形の割引の依頼に赴き、その際貸付係長訴外大島三郎に対し「被告から話のあつた件ですが、訴外華扇堂のことでお願いに来た」旨述べたこと、そこで訴外大島は、その頃訴外八木に約定書並びに手形印鑑と題する書面の各用紙(甲第一、第二号証)、及び保証証書並びに手形印鑑と題する書面の各用紙(甲第三、第四号証)をそれぞれ交付して、後者の各用紙に被告の印を要求したところ、訴外八木から昭和二十八年二月二十六日訴外華扇堂取締役社長訴外八木名義の約定書並びに手形印鑑と題する書面(甲第一、第二号証)及び被告の印を押捺した被告名義の保証証書並びに手形印鑑と題する書面(甲第三、第四号証)の交付を受けたこと、当時の経済情勢は所謂金詰りであつたので、原告会社は一般的には、無担保は勿論、新設会社には、担保が入つていても融資しなかつたのであるが、当時被告は原告会社京都支店に約金千万円の預金があり、原告会社の信用は絶大なものがあつたうえ、既に認定した如く、さきに被告よりの申し入れもあつたので、原告会社京都支店は昭和二十八年二月二十六日訴外華扇堂に対し、金百万円の単名手形の割引をなし、爾後数十通の手形を無担保で割引してきたが、その間割引の都度保証の差入は受けていないこと訴外八木は昭和二十八年九月十日訴外華扇堂の代表取締役を辞任直後、同訴外人が甲第三、第四号証の書面に被告の印を無断で押捺したことが被告に発覚されたと称する日時頃以後も吹田商店の仕事をしていたこと、甲第三、第四号証並びに乙第四号証の二の各書面に押捺された、被告の印は被告が訴外京都信用金庫のみならず原告会社京都支店との取引においても、常に使用している印であること、原告銀行では一通の手形の割引だけの保証であれば、手形自体或は付箋に保証人の署名を貰つていること、及び、吹田商店の経理顧問である訴外奥田喜蔵が、昭和二十九年一月頃、原告会社京都支店に赴き、被告を取締役の一員とする吹田実業株式会社を設立しその利益の中から、本件手形金を支払つてもよいから支援してほしい旨申し入れたことがいずれも認められ、右認定に反する証人八木始之介、同松田浅夫、及び被告本人の供述部分はその供述内容、右認定の事実関係及び弁論の全趣旨に照し措信することができず他に右認定を覆えすに足る証拠はない。そこでふりかえつて前述した甲第三、第四号証は被告八木が偽造したものである旨の証人八木始之介、同田村辰雄、同高橋和男、被告本人の各供述及び乙第一号証の記載内容の信憑力について考えて見るにその供述乃至記載内容、右に認定した事実関係、及び弁論の全趣旨に照し、にわかに措信することができないものといわなければならない。そして他に甲第三、第四号証の成立の真正の推定を覆えすに足る証拠はない。

そうすると前記甲第三、第四号証は真正に成立したものと認めるほかはない。

而して、前記甲第一、乃至第四号証、及びさきに認定した事実を綜合すると、被告は昭和二十八年二月二十六日訴外華扇堂が原告と取引を開始するにあたり、原告に対し、訴外華扇堂の原告に対する現在及び将来の一切の債務について、金額及び期間の定めなく連帯保証債務を負担することを約したことが認められ、右認定に反する証人八木始之介、同奥田喜蔵、同杉村泰男及び被告本人の各供述部分はその供述内容前段認定の事実関係及び弁論の全趣旨に照し信用することができない。

被告は仮に被告が原告主張のような連帯保証債務を負担することを約したとしても、その保証金額及び期間の定めがないから無効であり、かかる保証債務の履行を求めるのは権利の濫用であると主張するにつき考えるに、債務の内容である給付が全く確定不能であるときは、債務が成立しないことは勿論であるが、将来確定し得る方法さえ定まつていれば、債務の成立を妨げるものではないのである。而して本件においては、前段認定の如く、主債務がいかなる債務であるかは確定しているのであるが、その何時までに成立した主債務に限るかの点において確定していないのみならず最高限度額の定めもないのであるから、その保証すべき主債務が幾許の巨額に達するかを知ることができないように思われるけれども、保証人は相当期間経過後或は主債務者の資産状態が著しく悪化したときには、債権者に対し保証契約解約(告知)の意思表示をすることも可能なのであるから、保証の期間及び金員の定めがないということだけでは、誠実を缺き無効であるとすることはできず、またかかる保証債務の履行を求めても、権利の濫用であるということはできないから、右被告の主張は其の余の判断をまつまでもなく採用するによしがない。

而して証人大島三郎、同荻須繁雄の各証言及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める甲第五乃至第十八号証及び証人大島三郎の証言によれば、訴外華扇堂は別紙記載第一の約束手形及び同第二の為替手形をいずれも支払拒絶証書作成の義務を免除して原告に裏書譲渡し、原告はこれが割引をなしたこと、右為替手形についてはいずれもその支払人において、それぞれその振出日に手形の引受をしていること、原告は右手形のうち第二の(カ)の為替手形は満期の翌日に、其の余の手形はいずれも各満期に、支払のためそれぞれその支払場所に呈示したが、いずれも支払を拒絶せられたこと、及びその後右第一の(ニ)の約束手形については、昭和二十八年十月二十一日手形金額金一万五千円のうち金七千九百七十一円の入金があり残額金七千二十九円となつたことが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

従つて原告は訴外華扇堂に対し合計金二百六十二万四千二百七十九円の手形債権を有することが認められる。

原告は遅延損害金を百円につき、日歩二銭五厘の割合との約定で本件割引をなしたと主張するけれども、かかる約定があつたことを認めるに足る証拠はない。

ところが、少くとも商法所定年六分の割合による遅延損害金を請求する権利はあるから、原告は連帯保証人たる被告に対し、右金二百六十二万四千二百七十九円及び前記第一の(ニ)の約束手形については、残額金七千二十九円に対する前記一部入金のあつた日の翌日たる昭和二十八年十月二十二日以降、その余の手形については、各手形金額に対する各呈示の日の翌日以降いずれも完済に至るまで年六分の割合による遅延損害金並びに右第一の(ニ)の約束手形金額金一万五千円に対する呈示の翌日たる昭和二十八年十月十一日以降前記一部入金のあつた同月二十一日までの年六分の割合による遅延損害金二十七円の請求をなす権利があり、原告の本訴請求は右の限度においてのみ正当として認容すべく、其の余の部分は失当として之を棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 青木英五郎 石崎甚八 佐古田英郎)

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